ブックス・ハイボール

古本探して西東、古本探偵な俺のノンジャンル・ブックレビュー

ハードボイルドな男は孤独でなくてはならない『高い窓』  

気の利いたことを言ってみたい。
そう思うのはマーロウの影響だろう。

パサデナに住む裕福な老女マードックから、貴重な金貨を持ち逃げして出奔した義理の娘リンダを探してほしいと依頼されたマーロウ。リンダの女友だちや古銭商を訪ねるマーロウだが、調査中に死体に出くわすことになる。



ディテイルの細かい描写と粋な会話。マーロウシリーズの良さを兼ね備えた傑作。

しっかり作られたプロットにも唸るが、アパートの管理人やエレベータを動かす老人、門番の男まで出会う人物それぞれのキャラクターが立っていて気の利いた台詞を吐くところが粋で、このコミュニケーションが普通に行われているならアメリカはすごいところだ。

後半、虐げられている老女の秘書マールとマーロウのやり取りがこの小説のベースラインになってくる。依頼はさておきマーロウは彼女を助けるために行動する。無垢で情緒不安定なヒロイン、マールの人物造形は絶妙で、この小説に心を残す。

「その家が視界から消えていくのを見ながら、私は不思議な気持ちを抱くことになった。どう言えばいいのだろう。詩をひとつ書き上げ、とても良い出来の詩だったのだが、それをなくしてしまい、思い出そうとしてもまるで思い出せないときのような気持ちだった。」
ラスト、マールにマーロウが別れを告げるシーンだ。

気の利いたことを言いながら自分の公正さを信じて事件を仕切り、そして、すべてが終わった事務所で鏡に映った自分を見ながら独り言ちる。
ハードボイルドな男は孤独でなくてはならない。

なかなか厳しい人生だ。俺はマーロウになれそうもない、と思いながら本を閉じた。
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category: ハードボイルド

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誰にもとどかない言葉だとしても『もう生まれたくない』  

新聞のヘッドラインやTVのワイドショーで目にしたり耳に入る有名人の訃報。その訃報を聞くことでいつかの思い出が蘇る。

ジョン・レノン、X JAPANのTAIJI、ダイアナ妃、STAP細胞の笹井氏、スティーブ・ジョブズ・・・。

登場人物がそれぞれ訃報を聞くシーンをいくつも積み重ね、4年の月日の中で登場人物たちの人生も少しずつ角度を変える。
身近な人を亡くし、仕事を変え、恋人を変え、大事な人を失いそうになる。

彼らの軌跡を振り返って浮かんでくるのは自分の人生だ。



チャレンジャーが爆発したわよ、と母親に起こされた朝。
サリン事件のニュースを聞いたランチタイムの居酒屋。
昨日エレベータホールで会ったばかりの後輩が亡くなったと聞いた会社のデスク。

チャレンジャーの爆発を伝えてくれた母親も今は亡く、サリン事件のニュースを聞いた古い居酒屋は移転して、亡くなった後輩が褒めてくれた鞄も色褪せてしまった。

夫を亡くした登場人物がブラックニッカを飲みながら誓うシーンが感動的。
寄港するまで空母の中の郵便局にとどまる手紙のように、誰にもとどかない言葉だとしても、したためること。
誰かを悼むにはそうするしかないのだ。

主人公たちが葬式帰りの中華店で献杯するシーンを読んで、友人の妹の葬式後に献杯したドブ板の居酒屋から何年経ったのだろう、と思った。いつか俺も、俺の大事な人もいなくなり、誰かが献杯してくれるだろうか。そんなことも思った。

category: 小説

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必要なのはポリシーである『佐藤オオキのスピード仕事術』  

全日空のポスターに眼鏡をかけたカジュアルな男性が使われていて、別に美男でもないし誰なんだろうか、と思ったことはないだろうか。彼こそ売れっ子クリエイター、佐藤オオキ氏である。

手掛けた仕事はロッテのガム「ACUO」のパッケージ、エステーの「自動でシュパッと消臭プラグ」、IHIの広告ビジュアルなど、なるほどこれは結構たいしたもんだ、と思うはず。

400のプロジェクトをチームで日々こなしている彼が実践しているスピード仕事術をまとめたのがこの本。



さすが出来る男はポリシーがあるのだなあと読み進めましたがなぜかあまり頭に入らない。文体なのか、基本優しい人なのか、あまり断定がないというか、サーっと流れてしまうのですね。

なのでひっかかりがあるところをメモしてみました。

・やりかけた仕事は必ず終わらせる 
同時並行だけどもタームタームで終わらせていくと。相手に提出したらそれでボールは相手側、いったん忘れる。なるほど。

・その時に一番やりたい仕事をして、頭の回転を早める
これはわかりますね。やりたいことをやってる時がいちばん効率がいい。

・周りにモノを置かない
視覚から入るものに脳がひきずられるそうです。アイデア出しする場合は何もない空間がベストとのこと。

・仕事で着る服は2週間分をセット
仕事以外はどうでもいいわけですね。余計なことに神経を使わずにいつも同じような服を着る。

・情報収集にこそ時間をかける
クライアントの商品や業界での立ち位置、データなどをインプットしておくとプロジェクトの方針が定まりやり直しがない。

・空気を読まずどんどん地雷を踏む
担当者と上司や社長の考え方が違う、言いたくても言い出せないようなところを見抜いてあえて言うのだそう。助かりますね。

・「何にお金と時間を投資するか」を明確にする
決定する際に判断基準を決めておくと迷わない。

・スピード感が相手の満足度を上げる
これは確かに。締め切りよりも早く回答が来ていたら嬉しい。

自分の方針ややり方に合わない点はもちろんあるだろうけど、なんであろうと基準が決まっていると決断が早いのは確か。
物事を棚上げにしておくと仕事のスピードは遅くなる。これ、正論です。

しかしせっかちな人なんだろうなあ、というのも思いました。

休日はあえてゆっくりして脳を休める、というところは人間的でなごめました。

category: 実用

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優しくなければ生きていく資格はない『希望荘』  

探偵になりたかった。
名探偵、みんな集めてさてと言い。

エラリー・クイーン、ドルリー・レーン、エルキュール・ポワロ、伊集院大介。連続殺人事件を(起こった後に)朗々と謎解きをしてみせるカッコよさ。

物心付いたころ私立探偵というのは浮気調査ばかりだと知って幻滅し、いつしかその夢は霧のように消えてしまったけれど、推理小説を読むたびにあの頃のあこがれが蘇る。

宮部みゆきさんの杉村二郎シリーズは、大企業の創業者一族に連なる入り婿だった杉村が事件に巻き込まれる形の推理小説で、いわゆる名探偵モノとは趣きが異なる。事件が起こる舞台も雪山の洋館というようなところではなく、通勤時の路上だったり海辺を走るバスの中だったり、普段歩いたり過ごしたりしている「日常」である。



『希望荘』は前回の事件の余波で身辺が変わり、新たに事務所を構えた二郎が初めて探偵として手掛けた事件を含む連作短編。全4話だがどれもかなり力が入った話だ。

特に表題作が出色。老人ホームで死んだ老人が昔起こしたかもしれない事件の真相を探るという雲をつかむような導入から、意外な事実が明らかになる。宮部さんの真骨頂、老人と少年の触れ合いに涙。

二郎は明晰なひらめきがあるわけでもなく、ただ愚直に街を歩き、その過程で真相に突き当たる。
彼の長所は市井の人たちとの感覚の近さと同調能力だろう。自分がこの人だったらどうするか、という推察は優しい。悲しい事件にあった人たちに対する人間的な優しさ、そして優しくいるための強さ。

「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない」。小説の作りや見た目は違うが、フィリップ・マーロウの系譜である。

いわゆる名探偵ではないけれど、目指す探偵像としては二郎のような探偵の方がむしろいいかもしれない。何しろ日常の出来事だから、本当に起こりそうだ。けれど巻き込まれるのは嫌だから、想像だけにしておこう、と思い直した。

category: 小説

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みんな歴史の上で暮らしている『近くても遠い場所: 一八五〇年から二〇〇〇年のニッポンへ』  

あるとき家の近くを散歩していると、公園に突き当たった。

何かモニュメントがありふと覗き込むと関東大震災で、そして東京大空襲で何万人もの人が亡くなった現場だった。
空気が薄くなった気がした。
墨田区の横網町公園は被服廠跡のことである。

その場所の歴史をさらに遡ると明暦の大火、振袖火事の逸話に突き当たる。
死んだ町娘の振袖をはいで売りさばいて、知らずに買った娘がまた変死して、また振袖が違う娘に・・・。呪いの振袖を燃やしてしまおうとすると、火のついた振袖が折からの強風に舞い上がり江戸の町の半分を焼いた、という話。



ある事件があった場所でまた別の事件が起こり、そして今がある。
何も知らなければ単なる日常の舞台だが、歴史の地層の積み重ねを考えると一気に非日常となる。
自分の足元には幾層もの歴史が積み重なっているのだ。

ミズーリ号での調印式にペリーを重ね、鎌倉の鶴岡八幡宮で源実朝の暗殺の後に幕末の外国人殺害事件を重ねる。
消えていった生人形や菊人形の見世物歴史があれば、行政のプロモーションでよみがえった伊豆の長八というような例もある。
政治色でしか語られない靖国神社の遊就館についてその成り立ちや変遷について語る章は奇妙な心持で、批判色が目に見えてないだけに面白い。

振袖火事 → 関東大震災 → 東京大空襲 への歴史の系譜を想像すると、その次は?と考えてぞっとする。関東での大地震は70%クラスでやってくるとの予想があるわけで、おそらくまた火の海になるだろう。

近い場所にも遠い過去があり、意味がある。
大層意味があるようなものでも実はたいして意味がなかったりする。
抑制した筆致でちょっとした発見を淡々と語り実りの多い一冊。

遠くへ行かなくても発見はある。日々の暮らしが面白くなるだろう。

category: 歴史

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